悲しみのナイニタール観光

 7:00に起こされた。早すぎじゃないか? ミスター・マニュアルと化したムルジさんはしっかりと今日のスケジュールをまっとうすべく、いつになく早起きで力みなぎる。インド人とは思えない真面目さだ。この日の予定は、ナイニタール6か所巡り。ナイニタールに来たら最低この6か所は巡らなければならないという言い伝えを守るべく、車をチャーターしての観光です。

 ナイニタールの風土は日本のそれと似ており、快適ではあるのだが、美しさは日本の圧勝。唯一の強みであるヒマラヤも雲がかかってて見えない。僕は長野県の山国育ちなので、特別魅了されることもなく、ヒマラヤには程遠いにしても、実家は南アルプスを一望できる場所にある。

 車をチャーターするだけのことはあり、観光地は山だったり谷だったり自然景勝を楽しむものがメイン。洞窟とか見晴らし台とかね、そんなもんですわ。全くインドらしさは無いのだが、人はやっぱりインド人。同胞のインド人だろうがなんだろうが、ぼったくることに執念を燃やす商売人ども。たくましい。

 相変わらずあれこれと金を使ってくれるムルジさんに対し、相当な苛立ちを感じていた。彼の家族のことを考えると泣けてくるんだ。本来ならみんなで来るはずだった。俺にホイホイ使う金も、家族のために使うべきもの。俺にはそんなもてなしは不要なんだ。俺は様々なリゾート地や巨大なマーケット、アミューズメント施設、日本をはじめいろんな国のモノを体験してきている。もう十分なの。中途半端なもの見ても、何も感じない身体になってしまったの…。
 俺のことはともかく、家族たちのことを考えるとやりきれなくてたまらない。このやりきれなさがナイニタール観光を楽しめなくさせていた。常に苛立っていたし、ムルジさんに文句も言っていた。もう金は使わないで!と。ナイニタールという街そのものは確かに快適で素晴らしいけど、あなたたち家族と過ごす方がよほど楽しいんだ。特別なものなんか何もいらない。

 もう一つ俺を楽しめなくさせていたものがある。相も変わらず継続中の下痢。おい、どうしよう。そろそろ手を打つべき?病院紹介してもらうべき?あああああああああああああもうやだああああああああああああああもう下痢になってから何日経つんだろう。下痢は当たり前になっているものの、やはりつらい。。

 そうはいってもナイニタールはとても涼しくてインドであることを忘れた。ほんと気持ちよくて快適。ありがとうございます。これからインドに行こうというあなた、途中休憩はぜひナイニタールで!復活するよ。でも下界に下りるとまた地獄なんだけどね。しかしながら、100Rsも払ってロープウェイを使って山頂まで登り、ヒマラヤが見えないってなんなの。身内をだますなボケインド人が。ヒマラヤ・スノウ・ビューって看板下ろせよ。ヒマラヤは時期的に見れないこともあるので注意です、とか注意書きしろよ。まあ眺めは確かに良いけどね。

 宿に戻って休憩。そろそろひとりになりたいな。。悲しんでいる時間もない。ゆっくり昼寝している時間もない。自由な時間が全くない。でもそれも今日で終わりなんだよな。もうずっとインドで生活しているような錯覚に陥る。またひとりになるというのが信じられない。こんな錯覚になるのは、外国人旅行者をほとんど見かけないことも要因かな。ナイニタールは季節的にももっと外国人がいるかと思ってたんだけど、ひとり白人を見かけたくらいだった。

 夕方ごろ、軽食を取りに行く。MOMOというチャイニーズフード。いわゆる揚げギョーザ。中身はマトン。ムルジさんはマトンも食う。その後ボートに乗る。ナイニタールに来たら、湖のボート遊びは基本中の基本。だが俺は文字通り乗り気じゃなかった。もうこれ以上お金を使わないで、それだけだった。興味もないんだ。

「もういいよムルジさん、そんなにお金を使わないでくれ。俺は欲しいものは全部もらったよ!」
「これはみんなのために使って。家族をここに連れてきてあげて!」
「インドにいるということだけでもう幸せなんだよ!」
「これ以上何もいらない、もう余計なお金は使わないで!」
「ムルジさん、あなたは本当にボートに乗りたいの?」

「乗りたい」

 あ、そうなんですか。じゃあ乗りましょうか。救命胴衣を身につけ、湖にこぎ出す。うん、まぎれもない湖だね。たくさんのボートがこぎ出しているが、若いインド人カップルも多い。新婚旅行でここを訪れる人も多いという。旅で出会った幾人かのインド人も、新婚旅行でナイニタールを訪れたと言っていた。ちなみにインドの結婚事情は親が決めた縁談がほとんどで、恋愛結婚は少ない。2割程度らしい。それにしても…寒い。。日中はちょうどいい気候で快適なんだけど、日が落ちるとかなり寒い!日中でも長袖を着てちょうどいいくらいなので、夜になると震えるほどだ。インドは広い。どこに行ってもクソ暑いだけかと思ったけど、こんなクソ寒いところもある。

 その後はうんざりするほど長いマーケットめぐり。この町はいくつものマーケットがあり、店の数も半端じゃない。でも品揃えは似たり寄ったり。別に面白くないんだな。売っている商品も、日本人から見たら特に魅力的ではない。中途半端と言うか、古い。洋服にしても、おもちゃにしても、なにもかもが。宗教グッズ店は相変わらず存在しているけど、ここではだいぶ埋もれている。街を歩いていると、ムルジさんがあるホテルの前で足をとめた。

「シン、俺はこういう家を建てたいんだ。ちょっと中を見て見たいんだが」

 そう言って建物の中を見学。ホテルのオーナーもふつうに案内していてなんだか面白かった。まあ自分のホテルがほめられたら悪い気はしないだろう。参考ということで、ホテル内外の写真を撮る。
 ところでムルジさんの家はインドではごく一般的なレンガ造りの家。設備はベッドルームとリビング、吹き抜けのフリースペースにキッチンとトイレとシャワー室がある。広さはそれほどではないが、家族4人が住むには十分の広さ。そしてその家は、ムルジさんが一人で造ったという。これには驚いた。数カ月かけてひとりでだぞ!? 彼の仕事は建材販売を個人でやっているのだが、家を建てる技術というか、心得があるのだろうか。ずいぶんガタイもいいしな。で、その家はまだ未完成だと言う。理想の家を目指し、このようにいろんなホテルや住宅を参考にしているという。

 今日も2回ハニー(ムルジさんの妻)と電話をした。

「シン、元気…?さみしいわ…」
「ハニー、そちらも元気?」
「元気よ。でもさみしいわ…」
「俺もだよ。また会いたいな」
「いつ帰ってくるの?さみしいわ…」
「いつかはわからない。だけど必ず帰るよ」
「本当に?さみしいわ…」
「俺も、みんなに会いたいぜ」
「さみしいわ…」

 まるで不倫カップルのような会話だが、そのような事実は一切ありません!相変わらずの「さみしいわ…」コンボもあり、余計に家族のことが気になっていた。観光をするたびに、ムルジさんがお金を支払う度に俺の心は締めつけられた。そんな一日だったから、本当に疲れ果てた。それでも一生懸命もてなしてくれたムルジさんには心から感謝したい。心が痛むほどのケアだった。ナイニタールの夜、湖面にきらめく街の灯りと斜面に光る灯り。まるで宝石のように煌めく街。夜はひたすら美しかった。こんな非現実的な現実を体感すると、自分が何なのか分からなくなる。ナイニタールの後はダラムサラに行くのだが、その先の予定はまだFIXではない。これからまた旅が始まる。

※おまけ:ナイニタール6か所巡り
1.Cave Park 2.Lake View Point 3.Himaly Dershan 4.Bara Patharl
5.Khurpa Tall 6.Lovers Point 7.Snow View (←??7か所じゃん)

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