学校で授業をさせられる

 蚊帳ってほんとに便利ですよ。多少かさばっても持って行くべき。それにしてもあいかわらず下痢。いつまで続くのか全く予想できない。そのほかはすこぶる健康だと思うんだけど。少し肝炎の心配もある。。さあて、今日はどうしようかな。きっと何かスケジュールが立てられているに違いない。部屋でごそごそしていると、ラディッシュ氏が登場。

「グッ…!モォーーーーーーーニン!」
「あ、おおおお、おはおはようございます」
「シン!今日は私の学校を御案内しよう!!どうだ、見たくはないか!? 学校を・・・!」
「それはもう。僕はあなたの学校を見るためにここに来たんですよ」
「それは嘘だな」
「はい、嘘です。でもぜひ見たいです」
「ではあとで迎えをよこす。学校で待っているからな!!9時に来い!!」

 例によってかなりの量の朝食をいただき、準備する。そして9時過ぎくらいに学校のスタッフがわざわざジープで迎えに来てくれた。シニアスクールはここから車で10分くらいの場所にある。かなり大きい。この辺はジープが多く、学校の車もすべてジープだった。校長室に通され、平然と言われる。

「ようこそ!さっそくだがこれから授業をやってくれ。1ピリオド30分。これを3クラスな!」
「えええっ!?ちょwwwwww いきなりwwwwwwねーよwwwwwwww」

 などとつい2ちゃんねらーのように取り乱してしまうのも無理はない。どうやって授業なんかやればいいの?俺先生じゃねえんだけど。なにやればいいの?英語しゃべるわけでしょ? 授業開始まであと10分。俺はあわててシナリオを作る。内容は何でもいいというので、1.自己紹介 2.日本語を教える 3.愛のメッセージ とりあえずこれで完璧だ。後は時間配分だな。と考え終わらないうちに授業の時間がやってきてしまった。もう大ピンチである。

 教頭先生に先導されて教室に向かう。外人のにおいをかぎつけた生徒たちが、早くも俺に注目すべく、教室を飛び出している。うーん、わりと冷静な自分が怖いな。腹をくくるってこういうことなんだろうな。最初のクラスは10歳くらいかな。先生が俺を紹介する。全員規律して挨拶。そしてざわざわ。いよいよ授業スタート。自己紹介をする。インドの子供たちはニコニコしてて、レスポンスも早く、とてもやりやすかった。もうね、ほんとに楽しかったよ! 次々と質問してくるし、まじめに聞いてくれるし、自然に授業ができるの。なんか英語もペラペラしゃべれたし、30分なんかあっという間。俺の顔も自然にほころんでいた。

 しかしながら問題は授業のあと。生徒たちがいっせいに俺にサインを求めるべく、教壇に殺到。すさまじい勢い。彼らは列を作って並ぶということを知らない。なんでそんなにサインがほしいの? ただの小汚い男でも、外人というだけでムンバイ俳優扱い。まあわからないでもない。ちびまる子も得体のしれないヨーヨーチャンピオンに会いにわざわざ変装までして行ったくらいだし。。

 サイン騒動で次のクラスに少し遅れた。休む間のなく別の教室で授業。ここまでずっと俺についてきてサインをねだるもの多数。この教室でも同じように授業をし、まったく同じくサインを求めて暴動が起こる。ここでようやく休憩。スタッフのおじさんと話しながら、校長室脇のベンチに座って休む。30分後、午前が終了した鐘が鳴らされる。そしてまもなく、子供たちがいっせいに俺のところに殺到!もう大変。こんなにエキサイティングなことってあるだろうか。いや、ない。(反語)

 さて、次は小さい子のクラス。ここにはアニーがいた。ほんとかわいいねー。アニーは本当に大人。ほかの子たちがヒートアップしているのをよそに、静かにノートをとり、俺に微笑む。まじめに聞いていた。かわいい女子生徒はたくさんいたけど、アニーにはかなわない。授業後はやっぱりサイン地獄と化したが、アニーだけはこなかった。さすがですな。俺は将来この子を日本に招き、女優としてプロデュースしようと思う。

 ようやく3クラス終わりました。でもなぜかもう2クラスやらされました。。大きい子のクラス、15歳くらいかな、それでも大騒ぎだった。少しは落ち着けてめえら! サインした数は100000を超えるだろう。学校終了の挨拶を見届けた後も、サイン地獄。もうね、全校生徒にサインしたんじゃないの?死ぬほど疲れたけど、死ぬほど楽しかった!でも俺には向いていないと思った。生徒たちに完全に食われちまってた。ペースに巻き込まれた。ラディッシュ氏のバイクにまたがる直前までサイン地獄は続いた。「明日も来るでしょ?」ってみんな言ってくれてうれしかったけど、もう無理!俺の手は生徒たちのペンのインクで青くべっとり。

 家に帰り、手を洗ってランチをいただく。この時点で下痢ははいよいよ絶好調に。4時からテンプル(寺院)に行くというので、それまで少し昼寝をする。ほんとに疲れたから。夕方テンプルへ。ジープですさまじい悪路をひた走り、ムルジ氏を途中で拾って一緒に行く。ナナクサガルダム、湿地帯に着く。壮大な景色。すごくよかった。見渡す限りの地平線。ぜひ雨季の状態も見たいところだ(実際に見ることになる)。

 目的地のテンプルに行く。とても大きな寺院。これはどう見てもヒンドゥーじゃない。シク教だ。屈強なひげ面ターバンの男たち。腕輪、短剣を装備している。見た目はかなり怖いけどメチャメチャ優しくて気さくな方々。お世話になっていた家にはヒンドゥーの神様が祭られていた。だけどなぜヒンドゥー寺院じゃなくてシク寺院なのだろうか。だいぶわかってきた。宗教といっても、自分たちの共感できる範囲ですべてを肯定しているようだ。日本に宗教が浸透しないのは、土着がないからなんだろうな。インフラがないというか。八百万の神様は確かに土着的なものではあるが、実態がなさすぎるのと、言い伝えが現代人にはない。インドでは普段の生活の中に宗教、神様がいる。宗教の真髄を見た気がする。これがインドを魅力的にしている最大の要因なのかもしれない。

 シク寺院の礼拝の仕方は次のとおり。まず靴を預け、冷水を飲む。エントランス前の水場を歩きながら足を洗う。チケットブースのような受付場所で、カップに味噌のような脂っこい甘いものが盛ってあるのと何か書かれた紙をもらう。10Rs程度でOK。建物に入ると、中央に黒いターバンを巻いた一番偉そうな男が座り、その隣では、タブラ、タンブラー、ボーカルの3人で宗教音楽を延々と演奏している。その音は敷地内と周辺にスピーカーで響き渡る。礼拝者は、中央で頭をつけ、それからぐるりと時計回りに歩き、左となりで味噌のようなやつ(プラサードという)を半分入れ替えてもらい、席に座る。しばらくして味噌係に、手に一盛りしてもらったものを、その場で食う。まったくおいしくない。というか、下痢がひどくてそれどころじゃない。メインの建物の隣には、樹齢数百年という大樹」。裏には大きな人工池。写真撮影が自由らしく、みんなそこらじゅうで写真を撮っている。

 帰宅。ジープで帰る途中、ムルジさんの家に立ち寄る。ちょうど停電中で、ろうそくの火のもとでしばし談話。大好きなアニーが握手してきて、「ここが私の家!」ですって。いよいよかわいすぎる。家の中央には吹き抜けがあり、空が見える。停電中とあって星がすごくきれい。ここでフルーツとかお菓子(インドのお菓子は度を越した甘さ)やサモサやチャイをいただく。奥さんハニーの心遣いは断れず、たくさん食べてしまった。疲労と下痢とよってたかる蚊に、すっかり憔悴している俺をよそに、アニーはしっかりお手伝いをがんばっていた。ムルジさんの家は、彼と奥さんのハニーと娘のアニーとメヘクの他に、実父であるパパジー(名前ではない、お父様という意味)がいる。パパジーがまた紳士的な人ですごく品があるんだ。彼が、ついてきなさい、とすぐ隣にある学校跡に案内してくれた。昔学校をやっていたのだという。今は学校の一部を部屋に改造し、ここで寝ている。
 町中が停電し、わずかな月明りのなか学校跡へ。ぽつんと静かに建つ学校跡。シュールな風景と、星がね、もう半端じゃなくきれいなの。こんなきれいな光景、星空を見たのは旅に出てから初めて。いや生まれて初めてかもしれない。このときばかりは下痢のことを忘れることができた。

 さて、お別れです。再び悪路をひた走り、帰る。下痢の俺にこの揺れは地獄だった。帰宅したらトイレに直行。いよいよ使う時が来た。ポカリスエット粉末を。冷たい水を買ってきてポカリを作る。殺人的なうまさ。日本ってやっぱりすごい。リビングに呼ばれたので、クリケットを見ながらだべる。インドではクリケットが国民的スポーツなのだが、まったくルールがわからない。いろいろ聞いてみたが、やっぱりよくわからなかった。新聞に掲載されている数独を解きながらフルーツや夕食も少しだけいただき、部屋に戻る。下痢じゃなかったら最高の一日。学校、楽しかったな。ラディッシュ氏に「明日も来るか?」といわれたけど、今日の苦労を考えると絶対に無理。それにもうネタもない。語学力もない。

●俺が授業の最後に伝えたメッセージの抜粋
 この世界にはたくさんの国、人種、宗教がある。だが、われわれは同じ人間だ。家族だ。だからいつも自分の家族を愛し、笑顔を絶やすな。そうすればいつだって幸せでいらえる。ありがとう。

 どのクラスでも俺のメッセージは満面の笑顔で聞いてくれた。そして歓声と拍手をおくってくれた。インド人のこのパワーが好きなんだよな。いろんなものがみなぎっててあふれてる。

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