バラナシに帰ってきてしまった

 デリーから列車で10時間以上、1時間遅れでムガルサライ駅に到着。けっこう大きな駅なのねー。ここからバラナシの安宿街に向かいます。ガイドブックによると、駅から100mくらいのところにバススタンドがある、とのことだったが、探しても探してもそんなものはどこにもない。仕方ない、本当にイヤだけどリキシャを使うしかないか。あえて書くまでもないけど、かなりもめた。何人のリキシャドライバーと交渉しただろうか。何とかベニヤバーグまでオートリキシャ100Rsでいきました。そこから歩いて宿探しです。

 ガンジス川はこの前来た時よりはるかに増水していた。雨期真っ只中ですからね。前回はガート沿いに移動できたんだけど、今はかなり水没していて移動は無理。ガートとは、川岸に設置された階段で、洗濯場のほか、巡礼者の沐浴の場として用いられる。
 安宿は腐るほどあるのだが、同時に客引きも腐るほどいる。頼んでもいないのに勝手にガイドし始める連中の多いこと。彼らは旅行者にくっついて回り、旅行者が宿を決めたら「俺が連れてきた」とマージンをとるつもりだろう。旅行者に寄生するクズどもにはうんざりしているので無視するわけですが、とにかくしつこい!ずっと後をついてくるんだ。こういうのはバシッと言ってやらなければ。

 「おいきさま、なんなんだ。ついてくるな!」
 「宿探してるんだろ。グッドホテルに連れてってやるよ」
 「ひとりで探せるわボケ。もうどっか行け」

 といった会話を最低3回はしなければならない。このくらいでふつうは根を上げて帰っていくんだけど、このバカは違った。いつまでもいつまでもついてくるんだよ。いかん、なめられとる。というわけで、その辺でだべっているインド人青年2人に相談することにした。

 「インド人のお兄さんたち、助けて」
 「どうした?」
 「あいつ、あのバカがずっとついてきて困ってるの」
 「なんだと。よし、まかせとけ」

 というわけで、すごい剣幕でどなり散らして追い払ってくれました。ありがとうございます。

 宿を探していると言いましたが、実は目的の宿は決まっております。ウルヴシゲストハウスという宿で、ゴードウリヤ交差点から10分くらい離れた、やや、ホントにやや静かになった場所にあります。さっそく部屋を見せてもらったらかなりキレイで設備もいい。すぐにチェックインを決定。今日から3週間ほどここに滞在するので、できるだけ快適な方がいいからね。料金はシングル100Rs/泊。バラナシの宿は安くて素晴らしい。3週間滞在するということで交渉し、1泊80Rsにしてもらった。オフシーズンだしあっさりOKだった。3週間分の宿泊費を一括で支払い、念のため領収書をもらう。後々トラブルにならないために、期間と料金を、読み取れる文字ではっきりと明記してもらう。

 休む間もなく食糧の調達に出かける。食費は節約したいので、朝食は5Rsのパンと決めている。あとビンのジャム30Rs。これでしばらくもつ。時々バナナ等を調達して挟んで食べようかと存じます。お昼と夕食はその辺の食堂でカレーになりそうですが、時々違うものも食べたくなりそうなので袋のヌードルも何個か買った。近所の小さい市場で野菜を調達して入れれば立派な食事になります。もちろん部屋や宿に調理場などないので、コイルヒーターひとつで調理をするしかない。とうわけで野菜も少々買いに行く。とりあえず小さなタマネギ3個とトウガラシ5個。これでたったの2Rs。

 ところでこの時期、バラナシでは計画停電が行われていた。10:00~15:00までの間なんだけど、長いじゃん。半日じゃん。今は雨期だから比較的涼しく、天井のファンが回っていなくても死ぬことはないけど、それでも暑いわけだ。当分、昼間宿にいるときは素っ裸でいるしかないな。宿には一応インバーターがあるようで、この予備電源で小さな照明がつき、天井ファンがノロノロと回ってはいるものの、まったく効果なし。暑さにもだえる日々が3週間も続くとは、インドは相変わらず厳しい。

 衣料の調達もする。旅行者が集中するだけあり、この安宿街は服屋もあふれている。クルーターというインド人がよく来てる、とてもラクそうな服を調達する。生地も縫製もしっかりしている。色もいい。しかし、ボタンが気に入らなかった。その旨を店の主人に伝え、ボタンを付け替えてもらった。その場ですぐにやってくれた。400Rsというキチガイじみた外国人価格を150Rsに値下げさせた。もちろんボタン交換はサービスしてもらった。

 諸々調達を済ませ、当面の生活のめどをつけました。なぜこのバラナシに3週間も滞在するかというと、ここで楽器をたしなんでいこうと思っているから。僕の先輩バックパッカーが、同じくバラナシで楽器を学んできて披露してくれたことがあり、いたく感銘を受けていた。その影響で、僕もやってみたいと思っていた。インドに来た目的の一つは、実は楽器を習うことでもあった。たかが3週間でどれほどのことができるんだボケ、とあなたは言うでしょう。楽器をマスターしたいわけじゃなくて、インドで楽器を習う、という行動そのものが魅力なわけ。先輩パッカーが学んできたのはタブラという打楽器。僕が学ぶのはシタールという弦楽器です。憧れのジョージ・ハリスンのように、インドでシタールを勉強する。そしてノルウェーの森を弾く。この体験は一生涯にわたって誇らしく語ることができるに違いない。

 この日からさっそくレッスンが始ります。

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