5日目:別れ

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翌朝、7時頃ナナマタからシェリー家に向かう。部屋で少しスピーチの練習をして、朝食をいただき、バイクを借りて学校にしゅっぱぁ~つ!(by 槙原政吉 演:田中邦衛)

7年ぶりの学校だ。とても懐かしい。
校長のシェリー氏が出張で不在だったため、教頭先生の部屋に行く。さすが天下のシェリースクールである。スタッフ人材もすばらしいね。教頭先生もインド人とは思えない人格者。簡単に説明を受けたのだが驚愕の事実が。今回授業をするのは15歳のクラスだと。。てっきり10歳未満のガキんちょ相手かと思っていたのでこれはまずい。スピーチはともかく、どんな質問をされるかわかったもんじゃない。だがまもなく授業が始まる。もうやるしかねえな。7年前よりは全然マシだぜ。

みんなにおはようして予定通り進めた。さすがに生徒は落ち着きがあり、こっちが緊張したよ。お前ら、もっと俺をリラックスさせやがれ。つーか7年前は15歳クラスでももっと落ち着きないガキだった。この7年間で学校のレベルも格段に上がったようだ。スピーチについてはほとんど暗記していたので大丈夫。問題はこの後の質問タイムだ。
もうね、大変でした。15歳なのになんてしっかりしてるの。質問がきわどい!

●日本の強みは教育にあると思っている。インドと日本の教育システムの大きな違いを教えて欲しい
●戦後、日本が敗戦からここまで経済成長できた理由は?
●日本が誇る偉人を教えて。その功績も添えて

など、すぐに回答できねえよ。そもそも回答したくてもうまく英語が出てこねえよ。そもそも俺が知っている英語なんてアイ・ラブ・ユーだけだ(T.C.R.横浜銀蠅R.S.)。きちんと答えてあげたいのはやまやまだったが、俺はテキトーな回答しかできなかった。日本人代表として間違ったことは言ってないはず…だが…。

峠は越え、あとは生徒の名前をカタカナで書いてあげるという時間稼ぎでなんとか40分持ちこたえた。いやー、疲れた!でも楽しかったよ。
ちなみにこの学校ではヒンディー語は禁止である。みんな英語がうまいわけだ。最後に生徒たちと写真を撮って終了。マハクちゃんには会えなかったが、遠くから俺の存在は見ていたらしい。子どもたちはみんな元気に俺につきまとってなついてくる。遠くからみんな手を振ってくれる。かわいいもんだぜ。

そして今日はこの地を離れる日でもある。ついにやってきた別れの日である。
シェリー氏は出張のため終日不在にしており、別れを言うことはできなかったが、俺にプレゼントを用意してくれていた。インド製ハイクラスジーンズである。サイズはぴったりだった。インドらしい余計なあしらいが各所に施されている。ちなみに俺はLevis502一筋20年である。
バス乗り場はこの近くなので、本来ならこのままシェリー家でゆっくりしてバスを待つのであるが、俺はどうしてももう一度ナナマタに行きたかった。しっかりと別れを言ってないんだよ。このまま日本に帰るわけには行かない。またしてもバイクを借りて突っ走る。

ムルジ家にはマハクちゃんだけ不在だった。帰ってくるのが18時半だという。18時には出発しようと思っていたが、30分程度であればと彼女を待つことにする。ムルジさんは自分の会社のダイアリーとペンをくれた。このダイアリーは今、会社で活躍している。ハニーは僕の妻にと髪留めとマニキュアをくれた。そしてパパジーも来てくれて一緒にマハクちゃんを待っていた。もうね、みんな目に涙が…。俺もどうしようもなくなり、逃げ出した。男は簡単に涙を見せちゃいけないジャン。ちょっと外で落ち着いてこないとマジヤバイ。

一番悲しそうにしていたのはアニーだった。7年前もそうだった。少し落ち着いて家に戻ると、アニーの手や座っていたベッドの辺りには涙の痕があった。アニーのまっすぐな瞳は俺に何かを言いたそうだった。でもこの時は何も話してこなかった。俺は寂しくて仕方なかった。

18時半ちょっと前にマハクちゃんが帰宅。急いで帰ってきた様子だった。最初に会ったときのように、小さい手で握手してお出迎え。マハクちゃんも別れを知っており、悲しそうに俺の隣にちょこんと座っていた。
アニー、日本においで、待ってるよ。と伝える。彼女は黙ってうなずいていた。そう、アニーちゃんはインドの医療系の大学に行くか、日本で勉強するか悩んでいる。しかし本人の意思は前者に寄っている。マハクちゃんにも、他のみんなにも、ぜひ日本に遊びに来るように伝えた。
言いたいことはもっとたくさんあったんだけど、やっぱり言えないんだよね。泣いちゃうしさ。
こうやって別れを目前に、みんなで寂しさを共有するってのも素敵な時間だと思う。この時間が絆を強くするんだ。

そして別れの時。みんな外まで見送りに来てくれたけど、アニーだけはこなかった。7年前もそうだった。誰よりも寂しがって泣いていたのは彼女だったことを知っている。今回もそうだったんだろう。
バイクにまたがった俺は、さっさとサングラスをかけた。やはり日の本つ国男児として涙は見せられない。代わりに心で泣こう。血の涙を流そう。嬉しい再会の後は必ず悲しい別れがある。そんなことはわかりきっている。だがまた再会する決心もできる。分かれたらまた出会えばいい。俺はこれからこの家族とどうかかわっていくのだろうか。アニーやマハクちゃんに何かしてやれるときは来るのだろうか。

夕方~夜の道路はさらに危険。マジ怖い。ヘッドライトにより砂埃がさらに視界を阻み、道路のでこぼこをわからなくさせる。
シェリー家に到着して少し休憩。バスの出発までにはまだ30分くらいある。最後にディナーをいただき、別れを告げる。
シェリー家は近々日本にくる予定があるというので、寂しい別れにはならなかった。快適な部屋とおいしい食事を提供してくれて感謝どころではない。例の翻訳はしっかりさせてもらいます!必ずいい文章作ってみせます!

時間になったので、来たとき降りたチョークまで送ってもらう。事前に電話でチョークで乗ると伝えておいてくれたのだが、インドなので約束などすぐ反故にされる。慎重にバスを見定めて乗車。家族がついててくれたから余裕。
バスに乗ったらひたすら我慢の道中。エアコンは相変わらずガンガン効いており、なんと!行きの時と同じDVDが放映されていた(笑)。それしかねえのかよ。

途中休憩も行きの時と同じ場所。そこで聖地巡礼の集団に遭遇。皆お揃いのシャツを着て団体ツアーである。お金をためて、年に1回聖地へ行くのだという。団体はそれぞれの指導者の下に形成されているらしい。ややカルトっぽくて怖い。
デリーまではあと3時間程度か。とりあえず眠ろう。

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