2日目:ノーヘルでかまわない

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翌朝、シャワーを浴びてリビングへ。改めて、懐かしい家族との再会を果たす。
あれからもう7年もたつから、いろいろな変化があった。息子のゴータムは今や大学生で、離れて暮らしている。家自体が変わっていたのも大きな変化だ。以前の家と近い場所ではあるが、広さは3倍くらいになっている。まだ新築だ。主人は相変わらずの威厳を放っており、さまざまな活動を通して社会に貢献している。それを支える妻と母上。品のよさは健在である。

前述したとおり、主人のシェリー氏は、地元で学校を経営している。私立ではなく公立学校だ。
インドの公立学校は、それぞれに特性があり、経営者・校長の力量次第である。シェリー氏は間違いなく敏腕経営者で、この学校の卒業生は、学力も人格も非常に優秀なことで有名らしい。シェリー氏は俺がインドで最も尊敬する大人物だ。
みんなで朝食をいただく。懐かしい食事、100%ピュアベジのターリー、変わらない美味さだなー。大切なことは何も変わっていない。品のよさ、格式の高さ、教養の高さが垣間見える。 俺はもう嬉しくて嬉しくてニコニコだった。盆踊りまで披露する始末であった。

ひとしきりくつろいだ後、ムルジさんが住むナナマタに移動する。ここからバイクで30分くらいの場所である。シェリー家のバイクを借りてナナマタに向かう。道路は一本道だし、過去何度も通った道なので余裕。ちなみにそのバイクにはナンバープレートが付いていない。車輌登録されていない。これは有力者だからできる技である。警察にとがめられたら「シェリーの関係者」の一言でお咎めなし。もちろんノーヘルでも問題なし。

この道中がまた酷くてね、もう穴だらけのデコボコ道。いずれキレイに整備されるという計画があるため、誰も何もしようとしないらしい。だがその道路計画は実施されることなく10年以上経過しているという。この現象は、インド特有の「ジュガード」とよばれる考えた方だ。先のことなどわからないのに計画を立てるのは無駄であり、応急処置的な対応で問題を解決したほうが良いというものである。・・・ってわけで、各々穴ぼこを回避しようと蛇行運転を余儀なくされ、追い越しも当たり前。砂埃がほんとに酷く、フルフェイスのヘルメットでなければ死ぬ。30分の道のりだといったけど、しっかり舗装されていれば10分で着く距離だ。インフラの大切さを思い知らされる。
ちなみにマナーとして、追い抜く際はクラクションを鳴らして前の車輌に合図する必要がある。通行人を抜く際も、距離が近くて危なければクラクションを鳴らす。要するに安全確保のためにクラクションは鳴らしまくるのがルールだ。

そして肝心のムルジさん家族は、今現在デリーに外遊中であり、ナナマタにはいない。俺がインドに行くことはすでにお知らせしていたが、正確な日付までは教えていなかった。無理をさせたくなかったし、自営業だから絶対いるに決まっていると。だが不在とわかり、ムルジさんに連絡をとったところ、明日帰る!と言ってくれた。予定があっての外出なので急がなくていいとは言っておいたのだが。しかし、まず明日は帰ってこないだろう。ムルジさんは道草大王。時間を守ったことはない。

現在ナナマタにいらっしゃるのはムルジさんの父上であるパパジーだけである。パパジーはムルジさん宅に同居はしておらず、敷地内の離れにある学校後を住処としている。
パパジーに会う前に、とりあえずグルドワラ(シク教寺院)に向かう。ここに来たかったんだよな~。好きな場所なんだ。頭髪を隠さねばならぬため、タオルを頭に巻き、他の人の見よう見まねで懐かしい礼拝を済ませ、あの、謎の甘い味噌のような供物(プラサードという)を受け取るが、食べられるわけがない。ひとかじりだけしたけどやっぱり無理。残りはこっそり敷地内の池の魚にあげてきた。プラサードは神様のところに上がったありがたいものであり、人にあげたり捨てたりするのは失礼に当たるそうだ。だがどうしても無理な場合はこっそりごめんなさいして川に流すのが礼儀らしいよ。

その後パパジーの居宅にお邪魔する。シェリーさんが連絡をしておいてくれたので、俺が訪問することはわかっていた。久々の再会を喜ぶが、7年の歳月は年齢を感じさせた。もうお年寄りだからな。パパジーは左ひざが悪いようで、びっこを引いて歩いていた。歳のせいもあり仕方がないが、実質一人暮らしの中、不便でならないだろう。移動はバイクがメインだからひざが悪くてもさほど問題はないだろうが、ノーヘルなのがまた心配。ヘルメット持ってるのになぜかかぶらない。

インドにはエアコンが定着してきたのだろうか。この家にもエアコンがあり、とても快適だ。また、ちょうどネット環境を整えたかったようで、業者が来ていた。アンテナを移動させる手伝いをしつつ、Wifiを整備でき、これでネットも遠慮なく使えるようになった。スピードもまずまずかな。

ムルジさん家族が近くにいながら、なぜ実質一人暮らしなのか。それには理由があるがここでは書けない。どんな家にも何かしらの問題はあるものだ。だが俺はいつかその問題を何とかしたいと思っている。
パパジーとランチへ。近所のレストランに行く。最近できたばかりのようで、店内は広くてとてもキレイ。だが店員の姿がない。何度も呼んでやっと姿を現す。けっこう美味かった。

「ねえパパジー、いつも何してるの?」
「チャイ飲んだりデートしてるよ」
「デート!?パパジー、彼女いるの?」
「いるよ。近所だからよく会ってる」

よかった。親しい人が近くにいるじゃない!

夜は再びシェリー家に戻る。
初等学校に行き、シェリー氏が主催するスピリチュアルな自己啓発系集会に参加してきました。このようなことばで表現すると実に怪しいのだが、要するに愛と協調・すなわち幸福な人生をつくるためのティーチングである。
シェリー氏はインド屈指の人格者ということはすでにお伝えしました。vipassana瞑想の常連でもある。地位も名誉もあるが決して欲におぼれず、他者の幸福を追求すべく、時間もお金も社会に捧げている。ボランティア精神の塊だ。インドはアジア型のコミュニティの典型。家族を中心とした集団社会で、助け合って生きていくのが当たり前。社会の中で幸せになるためには、自分以外の人も幸せでなくてはならない。幸福の連鎖を築き上げるための様々な手法をシェリー氏は知っており、そういった知恵を多くの人に無償で提供しているわけだ。
ヒンディー語メインのティーチングゆえ、ついていくのが大変ではあったが、ことばがメインではなく、ワークショップ形式のため、なんとかついていけた。だがやはり意味はわからない。一応、このティーチングにはテキストブックがあり、俺はその日本語訳を依頼されている(がまだ手をつけられていない)。

ティーチングの後、買い物がてら歩いて帰る。店は夜遅くまでやっている。ジュースとインドのタバコだけ買う。色気のない、昔ながらの純粋なタバコである。けっこうきつい。
タバコ買っているときに、店主と客が大喧嘩をしていた。客がいちゃもんつけて、金返せ、みたいなことを行っていたんだと思う。その客はおそらくネパール人。ネパール地震の影響で、国境近くのこの町にもネパール人が多く流れてきているらしく、時々こういった傍若無人な振る舞いをしているようで、インド人の店主も強気に対応している。一部始終を見て野次馬のインド人にも尋ねてみたが、ネパール人がいんちきしていたっぽい。

帰宅。この日は母上のお部屋(超絶豪華。キングサイズのベッドや超特大液晶テレビ有り)でみんなでテレビドラマ見ながら夕食。母上は幸せであろう。本当にいい息子と嫁、孫たちをもったものだ。これも母上の人徳によることは間違いない。この母上は、口数は少ないものの、いつも穏やかな微笑をたたえており、結構なお歳であるにもかかわらず、家事を厭わないという模範的な淑女だ。昔はいろいろと苦労をしたと聞いた。そういった体験を前向きに活かした結果であろう。
食後、ようやくおみやげを渡す。思惑通り、かなり喜んでくれた。前述したとおり、このお土産を選ぶのに、かなりのコストを費やした。お土産買うのに東急ハンズは実に頼もしい。パッケージに「MADE IN JAPAN」とデカデカと表記されている商品も多く、外国人を意識しているものも多い。しかし、いまだにMADE IN JAPANをありがたがっているのは、悲しいかな当の日本人くらいだ。
過去の財産を潰しつづける日本のメーカーども、老害ども。俺は日本の将来が不安で仕方ない。

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