サイババ・テンプルとタケシキャッスル

 アミット邸で一夜を明かし、翌朝。

 「おはよう!ミスター・シン。気分はどう?」
 「おはよう!ミスター・シン。アーユーハッピー?」
 「おはよう!ミスター・シン。眠れた?」
 「おはよう!ミスター・シン。これからサイババ・テンプルに行くぞ!」

 ほほう…サイババ・テンプルとな。昨晩リキシャでそのテンプルの前を通ったんだ。その時、パラスとアミットが 「タケシ・キャッスルを知ってるか?おもしろすぎるぜ!」といっていたのを思い出した。タケシ・キャッスルって、風雲たけし城のことか?

 話を戻し、ムルジ氏運転のバイクに乗り、サイババ・テンプルへ行く。サイババというので、一時期日本で有名になった、あのアフロヘアの方だと思ってたけど違う。ここでいうサイババは、インド内でよくポスターとかで見かける頭に布を巻いて白髪髭を生やしたあの人物。サイババ・グル・ジー=シルディ・サイババ(写真参照)である。インドでもっとも著名な聖者のひとり。

 貴様らに、寺院での礼拝方法を簡単に説明してやる。まずエントランスで履き物を預けなさい。どのテンプルでもそうだけど、土足は厳禁。それから建物内に入る。道場の中にはサイババ像と、その足を型取ったものと思われるオブジェがあり、一礼しつつ足の像に頭を付ける。そしてまた合掌。ぐるりと時計回りに2回まわり、道場のスタッフに、おでこに何かつけてもらう。そしてヨーグルトとあられのようなものを与えられる。足の像に花輪をかける。 次に建物を出て、入り口に向かって右にある像に合掌し、お香を上げる。再び建物内に行き、地下室に行く。ここにもまたリアルなサイババ像があり、これに礼拝する。歴代グル・ジー写真が並ぶ部屋。長い歴史を持つようだが、まださっぱりわからない。最後に、入り口に向かって左側で焚かれている焚き火の煙を顔につけて終わり。どうですか、わかりましたか?僕はいまだによくわかりません。

 サイババとは何者か、礼拝にはどのような意味があるのかをこのときは全く知らなかったのだが、こういう慣習は日本人にはなじみが薄い。インドではあまりにも日常のことなのでしょう。近所から多くの人がこのテンプルを訪れていた。ただ個人的には、亡くなった人物に対し、このように崇拝することは疑問に感じるところではある。

  家に戻ると姉妹がティータイムしていて、俺もビスケットとかコーヒーをいただく。邸宅内にはテンプルが作られている。一畳くらいのスペースに立派な祭壇があり、昨晩もここで礼拝した。「幸せになれますように」と口に出してお願いしたんだ。

 「どこの家にもこういうのがあるの?」
 「そうよ。毎朝毎晩ここでお祈りをするの。これは習慣だから」
 「ラクシュミ、サラスバティ、ガネーシャだね」
 「そう!この3人は一番人気があるのよ」
 「ラクシュミは美、サラスバティは芸術、ガネーシャは学問とか商売繁盛だっけか」
 「よく知ってるね!!他に何か知ってる?」
 「カーリー…とか?恐い神様でしょ。二人もあんな風になるの?」
 「もちろんよ!ふふ…」

 ジャガイモの皮むきを手伝ったり子供たちと遊んだりしてしばらくくつろいでいたが、アミットの姿がない。どうやらマルケット=market(こちらではrを発音する)に行き、俺のデジカメの電池を調達してくれるようだ。昨晩写真を撮ろうとして、ノーバッテリーという情けない状態だったのだ・・・

  電池がやってきて、大撮影大会となる。インド人は本当に写真が好き。みんな大喜び。お祭り状態。その後、朝食をいただく。とにかくすごい量。サモサとトーストとチャイ。これでアミット家とはお別れ。なんだか昨晩から非日常的で不思議なかんじだった。だって、インド人の赤の他人と初めて会い、そのままその人の家に泊って親類ぐるみの付き合いをしてきたのだから。本当に親切にしてくれた。お互いにノートにメッセージを交換した。

「シンは俺たちの家族だ」

 と何度も言ってくれた。その度に俺の胸は熱くなるぜ。素直にその言葉が腹に落ちる。それがインドだ。お別れの時、ルーチーが旅の安全を願い、家のテンプルから朱の色粉で額にペイントし、おまじないをしてくれた。そしてココナッツをくれた。それと、蓮の花の形をした電池で動くライトをくれた。

「これをあなたの部屋において、いつも私たちのことを思い出してね」

  サイクルリキシャに乗り、出発。サイクルリキシャに人が4人ってのがもう無謀。普通は二人乗りだからね。やっぱり重過ぎたようで、途中で降りる。俺のバックパックも子供一人分あるしね。で、オートリキシャつかまえるまで、サトウキビジュースをごちそうになりました。その間、ひなたに俺のバッグが置いてあって、アニーが暑い中それをずっと守ってくれてたの。そんなのいいから日陰においで、と言っても、「大丈夫だから」と守ってくれていた。このけなげさ。なんていい子なのだろう。 アニーはとても世話好きで、リキシャに乗ってる間も「あれが○○よ」と一生懸命ガイドしてくれる。家の中では率先して椅子を並べて「ここに座って!」 歩いていれば、「この段差に気を付けて!」 ホントに優しい子。

 オートリキシャに乗り換えて、一番最初に行った、姉妹の実家に行く。すると3女のヒマンシーがいて、この人もまた美人。そしてすごくアクティブな人で、たくさん話をした。彼女の手に入ったメンディがすごかった(写真参照)。

 で、今後の予定を話す。パターンコート行きの列車について相談したんだ。パターンコートは、インドの中のチベット・ダラムサラに行くための中継地なのです。先日リシュケシュにてチケットが取れずに途方にくれたんだよね。
 ヒマンシーが教えてくれた。「モラダバル→パターンコートの列車があって、それが一番簡単」 その手があったか。時間的にもちょうどよさげな列車があったため、ムルジ氏と駅までチケットを取りに行く。ブッキングカウンターは長蛇の列。外国人用カウンターなどなく、地道に並ぶしかな い。出発予定である5日後のチケットはもうFull。まいったなーー。その翌日がW/Lの3番だったので購入した。さらりと書き流したけど、チケットを取るまでにかなりの時間を要した。付き添ってくれたムルジ氏も大変だっただろう。とにかく、並んでいるインド人達は殺気立っており、マナーもくそもない。割り込みなんか当たり前。

 家に戻ると、パラスがエキサイトバイクをやっていた。あの、ファミコンのエキサイトバイク。ハードは見たこともない形で、100in1みたいなのが内蔵されている様子。まさかインドに来てファミコンをやろうとはね。バトルシティやツインビーやアーバンチャンピオンなんかをふたりで楽しむ。

 ところでさっきからムルジ氏がいない。これからムルジ氏の故郷であるシタールガンジという町に移動する。そこに行くためのバスやら列車の手配に奔走しているようだった。が、結局手配ができず、ここモラダバルでもう一泊ってことになった。アミット夫婦も来て、一緒にレストランで食事。Loveenaという有名なところらしく、繁盛していた。値段も高い。パニール・ドーサってのを食べてみた。おやつみたいなもので、パニールとはチーズのこと。こっちのチーズは、豆腐みたい。特に味も無い。食事中、別の客がブチ切れいている場面を目撃。時々こういうの見る。突然ブチ切れるの。インド人は味方にしたら相当頼もしいけど、絶対に敵にはまわしたくない。ちなみにインドにはチョウメンという料理がある。一般家庭で出されることはないが、レストランではよくある。いわゆる焼きそばで、炒麺(チャオミェン)という名前のまんま。チベットやネパールを経由してやってきたものと思われる。

「なあ、アミット。ここだけは俺に支払させてよ」
「とんでもない!シン、君は僕らの大切なゲストだ。頼むからそんなことしないでくれ。したら噛みついちゃうぞ!」
「いや、でももらってばっかりじゃないか。俺もみんなには感謝してる。せめてここだけでも…」
「ありがとう。じゃあ、いつか僕が日本に行った時にサポートしてくれよ」

 きっとそうするよ。でもね、「いつか」って言葉はさみしいよね。あてがないんだもん。俺も旅の間に何度もこの切ない言葉を口にしてきた。だけどこの家族たちのもとには、いつか必ず会いに行きたい。何年かかっても必ず。
 さて、俺の泊まる場所は近くのホテル。いつの間に確保しておいてくれたようだ。ヒマンシーとはこれでお別れ。俺がまたインドに来たら、絶対に会いに来るからね!って言ってくれた。俺はみんなから心から愛された。笑いかけ、話しかけてくれた。親身になってくれた。今は、ありがとうとしか言えない。それがまた悔しいんだけど。

 ホテルはかなりきれいでいい部屋。テレビもある。テレビでたけし城を少し見た。本当にやってたんだな。

この日の支出 ペンダント10 チケット654 Tシャツ25

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