バラナシとの別れ、インドとの別れ

 ついにシタールレッスンが終了。よくがんばりました。思えばこの1カ月、ストイックに練習しまくった。師匠にはほめられてばかりだった。最後に、ビートルズの「ノルウェーの森」を教えてもらう。敬愛するジョージ・ハリスンが、ビートルズ時代の作品で、はじめてシタールを使用した曲。ジョージのシタールプレイヤーとしての原点である。この曲がまた簡単なんですよ。一瞬で弾けてしまった。
 ノルウェーの森が収録されている「ラバーソウル」の頃、ジョージはまだラヴィ・シャンカールとは出会っておらず、独学での演奏だった。実際、ギターと同じような演奏です。シタールの音色を取り入れたかっただけなんだろうが、センスのよさはさすがである。

 ちなみに、ジョージにとってはシャンカールとの出会いは運命だったに違いなく、ジョージもまたインドによって人生が大きく変わったひとり。シタールを学ぶには、インドを学ばなければならない。そう言われてインドで修業。修業後は、彼の音楽を変えた。その頃に出したアルバム「サージェント・ペパーズ~」においては、ジョージは見事にインドにインスパイされた楽曲「Within You Without You」を披露している。さらに次のアルバム「マジカル・ミステリー・ツアー」には、「ブルー・ジェイ・ウェイ」というラーガ調の楽曲が収録されている。
 その後、さらにジョージのインド傾倒が加速し、「不思議の壁」を制作。ビートルズメンバー全員にも影響を及ぼし、メンバー全員がリシュケシュにヨガの修行に行ったほど。
 1971年8月。シャンカールをはじめ、ボブ・ディラン、クラプトン、レオン・ラッセルらが参加した「バングラデシュ救済コンサート」はジョージが主催した史上初のチャリティ・コンサートである。シャンカールの父はバングラデシュ出身。他人事ではなかったのだろう。ジョージのインドへの関心は生涯尽きることなく、またシャンカールとの交流も生涯を通じて行われた。ジョージが亡くなったのは2001年。遺灰がガンジス川に流されたという噂もあるほど、最後までインドに魅せられた人物だった。

 前置きが長くなりましたが、レッスンがすべて終了し、韓国人の兄弟弟子達と別れを惜しむ。お前ら、本当にヘタクソだったぜ!などとは言えないが、いろいろと親切にしてくれたことは絶対に忘れない。師匠ともお別れです。俺は見逃さなかった。師匠の目に涙が光ったのを。

 もはやバラナシに滞在する理由がなくなりました。明日、バラナシを去ってデリーに行きます。最後に夜のプージャーでも見ておきましょう。ガンジス川のガートを照らすスポットライト。多くの人が集まり、鳴らされる鐘、そして♪Om shiva~♪とゴキゲンに流れる音楽。祭りの盛り上がりも絶好調。・・その時、ブツリ!と停電(笑)。最後までインドだったわ。

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 その翌日。バラナシともついにお別れ。この宿にもずいぶんと世話になったな。1階がレストランで、2,3階がゲストハウスになっており、清潔で気持ちよかった。長期滞在しておりましたがストレスはほとんどなかった。チェックアウトは10時の予定であるが、列車が出るのは19時過ぎ。どうやって時間を潰そうか。
 とりあえずチェックアウトすべく、1階のレストランにいるボスのところに行く。

 「おはよう!チェックアウトするよ。長い間ありがとね」
 「そうか。ところで列車は何時のやつだ?」
 「19時発だよ。だからしばらく荷物だけ置かせてくれないかしら」
 「19時発だとShivGangaだな。じゃあ17時まで部屋使っていいよ。長いこと泊まってくれたからな。もちろん金は要らない」

 まじっすか。ありがたいっす。サービスいいじゃない。元泥棒宿とは思えない!

 「そうだ、あと、シタール上手くなったな。毎日よく練習してたもんな」

 ・・・俺の練習してた音、聞こえてたのか・・。恥ずかしい!!ちょっと、早く言ってよ~。音楽流れてる1階レストランでも聞こえてたってことは、宿中に聞こえてたんじゃないの!

 というわけで、夕方までのんびり過ごすことにした。ガートに行ってインチキサドゥーとだべってたり、CDショップで物色したり、シタール教室でだべったり。あと、異様な雰囲気をもった日本人の女の子に出会い、しばらく話をした。
 彼女はインド歴十数年。ビザ延長のために、近隣の国を出入りしながらインドにとどまっているという。そして、サドゥーに付き従って旅をしているという。一緒に修業しつつ、身の回りの世話をしているらしい。彼女が言うには、バラナシにいるようなサドゥーはほぼ100%偽物であり、本物は地べたに直で座ったりしないと。「サドゥー」と自称してカネや支援を受けているインチキどもは許しがたい、などと憤慨しておりました。
※写真註:典型的なインチキサドゥー

 時間になったので、久々にクソ重いバックパックを背負って宿を出る。リキシャに乗る。駅に向かう中、ようやくバラナシを去り、これからインドを去ることを実感し始める。俺の目には涙が・・(笑)。いや、笑わないでよ。俺にとって、バラナシこそがインドだった。この町で多くのことを学んだ。嫌なことの方が圧倒的に多かったけど、今となってはそれらがすべて有意義なものになった。残念ながら、不本意ながら、インドが大好きになってしまった。インドに呼ばれた時からこうなる運命だったに違いない。この国に、この町に縁を持てたこと、時間を過ごせたことがとにかく素晴らしいと思っている。ラヴィ・シャンカールもバラナシ出身。ジョージ・ハリスンもこのバラナシを訪れた。ぼくに旅を促すきっかけとなった先輩も、この地に来た。そして大きな発見をしてきた。
 バラナシの他にも多くの町を訪れ、多くの経験をしてきた。どこに行ってもインドだった。始まりはたくさんあった。しかし、すべてを終わりにする時がきた。

 リキシャから眺める景色はいつもと変わらない。心境だけがいつもとは違う。喧騒が耳に入らなかった。本当にここを去るんだよな。むなしさも感じつつ、ぼんやりと考えていると、バラナシ・ジャンクション駅が見えてきた。バラナシ駅建物には、大きな車輪が乗っている。夕日に照らされた車輪を見て思った。

 あれは、俺の新しい車輪だ。

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