ムルジさんとの再会

 ムルジさんをバラナシ駅に迎えに行くため、朝5時に起きて5時半には宿を出てリキシャーを捕まえ駅に向かう。ムルジさんは6時頃着く予定だけど、おそらく列車は遅れるでしょう。気長に待つ覚悟。

 早朝からバラナシ駅構内は列車を待つ人であふれており、みんなそこらじゅうに敷物を敷いて座っていた。そこにポリスどもがやってきて一掃し始めた。立ち上がれ、そして出ていけなどと威圧的に促し、座っていた俺も立たされた。追い出されはしなかったけど。インドのポリスは腐っており、基本的に弱い者いじめが仕事。わいろは横行し、気まぐれな勤務態度。常に棒を携行し、ごっついライフル銃を背負っていて恐い。

 ガランとした構内でやることもなく、6時になっても来る気配がないまま1時間経過。インドの列車のことだからどのくらい遅れるのかまったくわからないため、駅の公衆電話から確認することに。しかし電源が入っていないだと。まあいいや、気長に待ちましょう。どうせそのつもりだったんだから。
 だいぶ気温が高くなってきて、さあそろそろ地獄が始まるなという頃、ムルジさんが到着。数か月ぶりの感動の再会。ナイニタールで別れて以来。とりあえず俺が泊まっているホテルに行くことにする。レセプションにはオーナーがいる。一応断っておくか。

 「この人、俺の友達なんだ。ちょっと部屋入れてもいいよね?1,2時間話するだけだから」
 「う~ん、ちょっと待ってくれ。そう簡単に入れるわけにはいかないな」
 「まさか金とるのかよおい」
 「いや、金がいるわけじゃない、IDが必要なんだよ。何しろテロリストも多いからな」

 だがムルジさんはIDをもっておらず。この頃インド国内で、国民総ID割当計画が出始めたと記憶している。だとしたらほとんどのインド人がIDなんか持ってないだろ。それとも別の身分証明証のことかしら。まあどう見てもムルジさんは怪しい人じゃないし信頼のブランド・日本人の友人である。なんだかんだで入ることを許してくれた。そして日本からの荷物を受け取ることができた。中身はほとんどムルジさんたちへの贈り物なのでその場でプレゼントしたのだが、ありがたかったのは彼女からの荷物。本をたくさん頼んでおいたんだ。旅に出て、本がこれほど有り難いものだとは思わなかった。ヒマつぶしがほんとにないから。
 それにしても、この荷物を届けにわざわざ遠いところから来てくれたムルジさんには感謝どころじゃなく、ホントに申し訳なかった。今の俺からは何もしてあげられないというもどかしさ。

 ちなみに荷物はインド税関によって封切られていた。中身は無事だったが、チェックが厳しい様子。だけどお前らよ、もうちょっと丁寧に封切れよ。思いっきり箱のどてっ腹に穴空けやがって。

 長旅のムルジさんはとりあえずシャワーを浴びに行き、その後屋上のレストランで一緒に朝食をとる。そこで、ネパール出国後、再びナナマタにあるムルジさんの家を訪れたいと申し出る。いや、ぜひまた来いって言うしさ。ネパールからすごく近いらしいし。 というわけで、地図を描いてもらいつつ説明してもらい、ネパール旅行のルートがぼんやりと確定してきた。ムルジさんのいるナナマタという町は、ネパールの西・インドとの国境の町であるマヘンドラナガルからバイクで1時間弱。ホントに近い。ダージリンから入国して東から西へ横断しようと考えていたが、ムルジさんの家への滞在を考えて、ネパール東部の旅は割愛することになった。

 ムルジさんもう帰るの?13:50の列車に乗るって?さっき来たばかりなのに。。でもまた会えることになったわけだから。リキシャをつかまえて駅に向かうということろで、俺はムルジさんに旅費にと1000Rs渡そうとするも、頑なに受け取らなかった。朝食代も受け取らなかったし、ひたすら申し訳ない。俺に出来ることは、彼が望んでいる再会である。あの家族とまた会えるなんてとてもうれしい。

 ムルジさんを見送った後、昨日撮った証明写真を受け取りに行く。澄んだ優しい目の俺。小汚い長髪とヒゲ面であるが、どうしてこんなにキレイな目をしているのだろう。そんなことを考えていると腹が減ってきたので、再び宿の屋上レストランに行く。そこで、ある日本人と会う。彼はプロの写真家。世界中の仏跡を撮りながら旅をしているという。大学院で仏教を勉強しており、学識も高い。かっこいいわ。こういうカッコイイ人とはしゃべりたくなるのが人情。俺自身もヴィパッサナーでブッダの生き様に感化されていたこともあり、仏教の話で盛り上がる。まあいろいろと教えてもらったわけです。一番疑問に感じていた、「なぜゴータマブッダ亡きあと仏教が今のような有様になったのか」も知ることができた。その答えとは?それもまた、諸説があるためここで明言することは危険であろう。ごめーんね。

 いろいろと教えてもらったことを書き留めてはあるけど、間違ってたり勘違いした解釈だったらまずいのでここでは省く。ただ感じることは、宗教ってのは現れるべく現れたものであり、その時代時代で役割は違うと思う。キリストやらブッダの時代と今の時代は似ている部分と異なる部分がある。似ている部分は、人間の欲望の抑止。異なっている部分は文明の発展とそれに伴う人間の新たな生き方。宗教というものが、世に生きる人だけがテーマであるのであれば、もはやキリスト教や仏教はそれ自体が崩壊しているようにも思える。本来の形は留めていないのかなって。人が幸せに生きるための道しるべのようなものは普遍的なテーマではあるけど、それだけであれば別に宗教というものが大げさに出てくる必要はない。もっと別のものがあるからこそ、現代まで続く宗教として現れたのではないか。
 インドにいると、宗教を悪とする日本人の感覚があまりにもおかしいと感じてしまう。そりゃ、いろんな宗教家が問題を起こしてきたことは事実だけど。何でも物や金と結び付けたがり、それに執着するだけでは人類は発展しない。争いを繰り返して自滅するのが宿命ならば、我々はたいして知能のない動物だってよかったわけだ。ここまで文明を築いて命を受け継いできた意味を考えるべきではないかなと。

 あとせっかくプロの写真家と話せたわけなので、写真の撮り方を教わった。素人とプロの撮り方の大きな違いとは、的を絞ることだって。素人は何でもかんでも入れたがってしまって何が言いたいのかわからない、ぼやっとしたストーリー性のない写真になってしまうと。的以外は脇役としてうまく添えてあげるんだって。あとは光についてとかいろいろ教えてもらったけど、この時の僕にはよく理解できなかった。後に一眼を手に入れてようやく少しだけ理解できるようにはなったが・・・

20110522_1.jpg ちなみにインドでは雨期に入ったようです。この日も大雨が降りました。ずっと降ってるわけじゃなくてスコールっぽい感じ。降った後は涼しくなっていいんだけどね。あと、相変わらず停電がひどい。基本的に計画停電をやってるんだけど、その時間以外でもやたらとブツブツ停電しやがる。日本から送ってもらったレトルト味噌汁と1個2ルピーのサモサで夕食。味噌汁美味いけど喉が渇く。

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