どの師に学ぶかではなく、すべてに学べ

投稿日時:2010/07/08(木) 00:59rss

 衣食足りて礼節を知る。物質的にも金銭的にも豊かな日本人だからこそ、他人を思いやり、気を使うことができるわけですが、一定の基準を下回るとそれが一気に崩壊する。一定の基準は人それぞれですが例えば、月の出費があまりにも多くてジリ貧状態の時、他人を優先できるかといったらできるわけがない。金がないだけで気分が悪くなる。例えば良いシャツを買ってみたけど、駅で同じものを身につけている人を見かけた。人と違ういいものを買ったはずなのに…!と気分が悪くなる。十分足りているにもかかわらず礼節を欠くわけだ。ただでさえ欲ってのは無尽蔵なのに、足りないとなると一大事。心は荒むばかり。いつだって隣の芝生が青く見える人はつらい人生しか送れない。今の自分にふさわしいものを得られているかどうかが大切なのに。
  
 諦めることって勇敢な行為だと思う。ありのままを受け入れることもそうだよね。なぜあいつばかり豊かなのか、恵まれているのか、幸せなのか。そうやって妬んでいても仕方ない。あいつは豊かで恵まれていて幸せそうなんだ、とそれだけのことだと思えるようにならないと。妬み、怒り、憎しみ、悪口をたたくなんていう行為はただの甘え・逃げ・怠けでしかない。そうやっていればとても楽だから。

 あたいの友人で、全てが完璧だと思われる人がいる。衣食が足りているのはもちろん、人望もあるし心が美しいし見た目も美しいし言うことがない。ありありと見せつけられるその"差"に、僕の心はいつも乱れる。その人が素晴らしいことが嫌なわけじゃなく、自分のレベルが低いことがとても悔やまれる。でも認めないといけないといつも思っている。"いつも"から抜け出せられるようになったとき、自分がようやく一歩前進したということだろうけど、これは修業だよな。他人はすべて師だわ。いつも自分を磨く機会を、他人を通じて与えられている。また、どんな人に会うかというのも、その人の現状を示していると思う。素敵な人と出会えたらそれは幸せなこと。たくさん学びましょう。最悪な人と出会ってしまったらそれも受け入れ、反面教師としてたくさん学びましょう。癪だけどね。

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